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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)106号 判決 1966年2月24日

原告 水野松郎

被告 特許庁長官

訴訟代理人 上野国夫 外三名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告

1  被告が昭和四〇年六月一六日附で原告に対してした四〇特総第三、〇四四号同第三、〇四五号登録料納付書不受理および登録抹消の処分の取消を求める異議申立事件に対する異議申立棄却の決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、被告

主文の同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一、原告は昭和三六年一二月二七日モザイクタイル二件の意匠登録出願をし、昭和三七年四月三〇日意匠権設定の登録を得、意匠登録第二一二、八〇一号および同第二一二、八〇二号各意匠権(以下「本件各意匠権」という。)を取得した。

二、原告は、昭和四〇年二月一日本件各意匠権の第四年分登録料納付のため特許庁に対し本件各意匠権各一件につき金一、二〇〇円の登録料に同額の割増登録料を加算した金二、四〇〇円づつを添えた登録料納付書を提出した。ところが、特許庁は、原告に対し同年三月九日附、同月一一日到達の書面をもつて、原告の本件各意匠権は、いずれも第二年分登録料の不納により既に昭和三八年四月三〇日その権利が消滅しているとして登録料納付書を受理しない旨通知するとともに、登録番号第二一二、八〇二号意匠権につき昭和四〇年二月八日、登録番号第二一二、八〇一号意匠権につき同年三月二二日いずれも職権で抹消登録をした。

三、そこで、原告は、原告が本件各意匠権の第二年分登録料を納付していなかつたのは、特許庁においては意匠権者が不注意で登録料の納付を怠り権利喪失の不利益を招来することがあることに鑑み、従来意匠権者に対し登録料のいわゆる予納通知を発しその注意を喚起するのを行政慣行としていたにもかかわらず、原告に対してこれをしなかつたことによるとして、昭和四〇年四月二日被告特許庁長官に対し行政不服審査法による異議の申立をし、本件各意匠権の第四年分登録料納付書不受理および登録抹消の処分の取消を求めた。被告特許庁長官は、原告の申立を同庁四〇特総第三、〇四四号、同第三、〇四五号事件として併合審理し、同年六月一六日原告に対して意匠権者に対する登録料のいわゆる予納通知は、従前特許庁においてこれを行い、昭和三八年一月からは社団法人発明協会において登録料納付注意としてこれを引継ぎ行つているものであるが、この通知は、単に意匠権者の便宜のために行われているに過ぎないものであつて、法定義務の履行として行われているものではないから、たとえこの通知がなかつたとしても、これにより何等不当ないし違法の問題を生ずる余地はなく、原告の登録料納付義務についても何等の消長を及ぼすことはないから、原告は、依然として第二年分登録料不納の責を免れることはできないとして原告の異議申立を棄却する旨決定し、この決定書は同月一九日原告に送達された。

四、しかしながら、意匠法施行規則第一一条第八項により意匠権に関し準用される特許法施行規則第六九条は、「特許権者(意匠権者)が特許料(登録料)を納付しないときは特許庁官長はその旨を当該特許権(意匠権)に関し登録した権利を有する者の全員に通知しなければならない。」と規定しているところ、この通知の相手方には特許権者(意匠権)者本人も含まれることはいうやでもない。もし、この通知が、納付すべき者の意に反しても特許料(登録料)を納付することができる者のみを対象とし、特許権者(意匠権者)本人はこれを除外する趣旨であるならば、特許法第一一〇条(意匠法第四五条)は、前者を「利害関係人」の語を用いて表現しているのであるから、前記特許法施行規則第六九条(意匠法施行規則第一一条第八項)は、通知の相手方として当然「当該特許権(意匠権)に関し登録した利害関係人」という表現を用いる筈で、わざわざ「当該特許権(意匠権)に関し登録した者の全員」という表現を用いることはあり得ない。この点からみても特許権者(意匠権者)本人が通知の相手方に含まれることが窺われるのである。従つて、意匠権者が登録料を納付しないときは、被告特許庁長官は、その旨を意匠権者本人に通知する義務を負うものであり、従来被告特許庁長官が意匠権者本人に対しこの通知を行つていたのも、そのあらわれである。

五、仮に、意匠権者本人に対して通知義務がないとしても、被告特許庁長官は、従来永年にわたり特許権者(意匠権者)に対してもこの通知を行い、このことは既に行政慣行となつているものであるから、当初はそれが単に特許庁の便宜的ないし好意的な措置であつたとしても、現在となつてはこれを理由に被告特許庁長官は特許権者(意匠権者)に対する通知義務を免れることはできない。

六、従つて、原告の本件各意匠権の第二年分登録料の不納は、被告特許庁長官の原告に対する登録料納付通知義務懈怠に基くものであるから、原告の本件各意匠権の第二年分登録料不納を理由に本件各意匠権が消滅したとしてその第四年分登録料納付書不受理および登録抹消の処分をしたことは法令に違反するものであり、これらの処分を肯定し、原告の行政不服審査法による前記異議申立を棄却した被告の決定は違法であるから、その取消を求める。

第三、答弁

一、請求原因第一、二、三項の事実は認める。

二、第四、五、六項は争う。

三、意匠法施行規則第一一条第八項により意匠権に関し準用される特許法施行規則第六九条は、その文言から明らかなとおり特許権(意匠権)に関し、登録した権利を有する第三者すなわち利害関係人に対し特許権者(意匠権者)が特許料(登録料)を納付しないことを通知しなければならない旨定めたものであつて、特許権者(意匠権者)本人に対し通知すべきことまで定めたものではない。すなわち、特許権者(意匠権者)が特許料(登録料)を納付しないときは特許権(意匠権)は消滅する(特許法第一一二条、意匠法第四四条)ので、特許法(意匠法)は利害関係人において納付すべき者の意に反しても特許料(登録料)を納付することができる(特許法第一一〇条、意匠法第四五条)とし、利害関係人に不測の損害の及ぶことを防止しようと配慮している。そして、これを実効あらしめるため前記特許法施行規則第六九条(意匠法施行規則第一一条第八項)をもうけて、特許権(意匠権)に関し登録した権利を有する専用実施権者、通常実施権者、担保権者等に限つて特に被告特許庁長官をして納付義務者本人が納付していないことを通知させることにしているのである。そもそも、意匠権者の登録料納付義務は通知をまつて生ずるものではなく、法定のものであり、同人が登録料を納付していないとしても、被告特許庁長官は当該意匠権者本人に対してその旨を通知する義務はない。意匠権者は自ら常に必要な注意を払い自己の権利の保全をすべきであり、これを怠つた場合に意匠権消滅の不利益を被らされても止むを得ないことである。

四、なお、被告特許庁長官は、従前特許権(意匠権者)本人に対しても特許料(登録料)不納の通知を行つていたことがある。もつとも、一時中断したこともあり、昭和三八年一月からは社団法人発明協会がこれを行つている。しかし、これはあくまで便宜的、好意的な措置に過ぎないのであつて、これを行わないからといつて違法の問題を生ずる余地はない。

五、このような次第で、特許庁が原告の本件各意匠権は、第二年分登録料の不納により権利が消滅したとしてその第四年分登録料納付書を受理せず、登録抹消の処分をしたのは相当であり、ひいては、これを不服としてその取消を求める原告の異議申立を棄却した被告特許庁長官の決定は正当であつて、原告の本訴請求は理由がない。

理由

一、請求原因第一、二、三項の事実は、当事者間に争がない。

二、ところで、意匠法施行規則第一一条第八項により意匠権に関し準用される特許法施行規則第六九条にいわゆる特許権者(意匠権者)が特許料(登録料)を納付しないとき被告特許庁長官がその旨を通知すべき相手方である「当該特許権(意匠権)に関し登録した権利を有する者の全員」とは、特許法第一一〇条(意匠法第四五条)にいわゆる納付すべき者すなわち特許権者(意匠権者)の意に反しても特許料(登録料)を納付することができる利害関係人を指称するものであつて、いいかえれば、専用実施権者、通常実施権者、質権者等のうち登録されている者を指すものであり、当該特許権者(意匠権者)本人は含まないと解するのが相当である。けだし、特許権者(意匠権者)は一定の期間内に所定の特許料(登録料)を納付する義務があるのであつて(特許法第一〇七条、第一〇八条、意匠法第四二条、第四三条)、特許権者(意匠権者)が所定の期間内に特許料(登録料)を納付しないときは、それが故意によるものであれ、過失によるものであれ、当該特許権(意匠権)は所定の期間の経過の時にさかのぼつて当然消滅したものとみなされる(特許法第一一二条、意匠法第四四条)。このことからみれば、特許権者(意匠権者)の特許料(登録料)納付義務は、特許庁長官の通知をまつてはじめて発生するものでないことが明らかであるといわなければならない。ただそうすると、専用実施権、通常実施権、質権等を有する利害関係人が、特許権者(意匠権者)の恣意ないし怠慢により不測の損害を被ることがあるので、特許法(意匠法)は、これら利害関係人がその権利保全のため、特許権者(意匠権者)の意に反してさえも特許料(登録料)を納付できることとしている(特許法第一一〇条、意匠法第四五条)。そして、前記施行規則は、その趣旨を受け、利害関係人による権限の行使を実効あらしめるため、登録により特許庁において知り得る利害関係人に限つて、特に被告特許庁長官をして特許権者(意匠権者)本人の特許料(登録料)不納の通知をさせることにしたものと考えられるのであつて、そのように解したからとて不当に特許権者(意匠権者)の利益を害するものではない。

三、被告特許庁長官が、従前特許権者(意匠権者)本人に対し特許料(登録料)のいわゆる予納通知を行い、昭和三八年一月からは財団法人発明協会において特許料(登録料)納付注意としてこれを引継ぎ行つていることは、本件口頭弁論の全趣旨により明らかである。しかしながら、さきに述べたところからすれば、被告特許庁長官が特許権者(意匠権者)本人に対して行つていた通知は、単に好意的ないし便宜的な措置にすぎなかつたというよりほかなく、従つて、それが被告特許庁長官によつてたとえ永年行われて来たとしても、このことから直ちに原告主張のごとく、被告特許庁長官がその通知義務を負担するに至つたとはとうていいうことができない。

四、してみれば、被告特許庁長官に、原告の本件各意匠権の第二年分登録料不納につき原告に対しその旨を通知する義務はなかつたのであるから、通知義務のあることを前提として被告特許庁長官の決定を違法とし、その取消を求める原告の本訴請求は、既にこの点において失当であり、棄却を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古関敏正 吉井参也 小酒礼)

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